ナイキ・ウォッチャー「シラツチタカシ」について
ナイキ・ウォッチャーって何?
ボクの名前は、「シラツチ」と言います。「シラド」や「シラト」ではありません(レアな読み方なのでよく間違えられるんです)。
さて、ボクは現在、靴関係の仕事をしていますが、若いころから生涯を貫くテーマみたいなものを見つけたいと思いながら生きてきました。
今から十二年くらい前に、ボクは偶然ナイキという企業がアメリカで大変なエクセレント・カンパニーとしての評価を受けていることを知りました。コルテッツとかエア・ジョーダンとか知ってはいましたが、どんな会社なのかはそのときは全く無知でした。調べていくうちに、ボクは強烈にこの会社を追求していくことが、自分の生涯のテーマになるんじゃないかと思いました。だからナイキ好きといっても、ボクはコレクターの方たちとはちょっと毛色が違います。当然、ナイキ・シューズは好きで、結構な足数を持ってはいますが、根本的に興味があるのはシューズよりもナイキという会社、ナイキというブランドなんです。ボクは、この魅力あふれるブランドと企業の過去・現在・未来を見続けることが楽しくてたまりません。ナイキ・ウォッチャーは、ナイキの精神に感動し、ナイキに愛情と敬意を抱いたボクが、自分自身が何者であるかを表現するために作った肩書きです。一般的に、アメリカでは「ナイキ・ウォッチャー」といえばナイキの業績や株価を予想する専門のアナリストのことを指します。一番有名なのは、「フェイ・ランディス」という女性アナリストです。
SWOOSHの翻訳
94年の夏のことです。ボクは丸善でナイキ関係の本がないかどうか検索を以来しました。そして発見したのがその前年に発売されて、全米ベストセラーとなった「SWOOSH」です。最初は、出版など考えてもいませんでした。まだナイキ・ブームが来る前のことでしたし、とにかく自分のナイキのルーツに対する強烈な興味を満足させるために翻訳を始めました。ところが不思議な縁といいましようか、翌年から少しずつナイキ人気が盛り上がっていきました。さらに「SWOOSH」自体も大変感動的な内容の著作で、ボクはひょっとしたら興味を示してくれる出版社があるかもしれないと思うようになりました。あちこち当たったんですが、結局、雑誌「ブーン」のが出版を約束してくれました。ホントの意味で、ボクがナイキ・ウォッチャーになれたのはこの「SWOOSH」の出版のおかげだと思います。
でも、翻訳はスゴク大変な作業でした。なにしろ原書で五百五十ページ。原稿用紙で千六百枚の大長編です。しかもボクはリーマンとしての仕事を持っていましたから、毎日帰宅してからしか翻訳作業が出来ません。数少ない休日は全部「SWOOSH」でつぶしました。結局、校正が終了するまで二年かかりました。ナイキのことばかり考えた二年間でしたが、充実した日々だったと思います。
ナイキ・ブームの崩壊
97年の二月、ボクのパソコンには米国から次々とナイキにとって悪い情報が入ってきました。「アジア工場の生産が二十パーセント削減された」とか「フットアクションがオーダーをキャンセルした」とかいう情報です。で、ご存知のように、その年の夏頃からナイキのスニーカーの売れ行きは激減。あちこちで投げ売りされるようになりました。
業界の方々やファッション関係者がナイキに見切りをつけるなか、ボクはナイキの復活を信じ、そのために何かをしたいと思いました。それで雑誌に、自分の記事を書くようになりました。これはナイキの凄さ、素晴らしさを多くの方に伝え、ナイキは一時の流行を超えたブランドなのだということを証明したかったからです。最初の記事は、ブーンに掲載された新技術「スカイソール」のスクープでした。これは結局、「チューンド・エア」という形で具体化され、このテクノロジーを搭載した「エア・マックス・プラス」や「チューンド・マックス」は世界的なヒットとなりました。
さらに98年にストリート・ジャック誌の素晴らしい編集者と出会いました。彼もまた大変なナイキ・ファンで、「ナイキの復活のために記事を書きたい」というボクの希望に応えてくれました。おかげで「100%ナイキ主義」の連載がスタートすることになりました。
100%NIKE主義
現在、ストリート・ジャック誌で連載中の「100%NIKE主義」は、ナイキ・ジャパンさんとは直接的には何の関係もありません。この記事の全ては、ボクの独自取材で成り立っています。
ナイキ本社訪問
99年8月にナイキ本社を訪問し、ナイト会長のサインをいただきました。
フィル・ナイト会長がボクあてに送ってくれたサインです。「タカシへ、なんとしてもそれをやり続けなさい フィル・ナイト」と書いてあります。キープという言葉が胸に残ります。
NFCホームページ開設
2000年8月25日に、ナイキファンクラブのHPを立ち上げました。これは、世代をこえて多くのナイキを愛する人たちの交流の場を目的としたものです。その後、仕事も忙しくなり、更新はできなくなりましたが、掲示板だけは残していますので、ご利用ください。