バウアマン追悼ページ
写真はオレゴン大学ライブラリー提供1999年12月24日イブの夜、現代スニーカーの父ビル・バウアマン氏(88歳)がオレゴン州フォッシルの自宅で就寝中に逝去されました。ミュンヘン五輪の米国陸上代表コーチ、数々の画期的ランニング・シューズを生み出した靴職人、ナイキの共同創業者、70年代の大ジョギング・ブームを作り出したスポーツの伝道師と、多彩で華麗な経歴を持つ同氏。
去年の夏に渡米した際、ボクはオレゴン州ユージーンでバウアマン氏と会うつもりでしたが、彼はユージーンではなくフォッシルに移り住んでいて惜しくも会うことはできませんでした。
ボクは現代スニーカーの生みの親をアディー・ダスラーとビル・バウアマンの二人だと思っています。ですから近くまで行っていたのに、会えなかったことが本当に悔やまれてならないのです。
帰国後に、バウアマン氏はサイン入りの写真と手紙を送ってきてくれました。そこには自分のスポーツ哲学について、こう書いてありました。「ほとんどの人が敗者のことを覚えていない。だがチームを代表し、そのスポーツを代表し、国を代表してスタートラインに立つ者はみな勝者である」と。ほんとうに胸を打つ言葉で、この手紙を思いおこすたびに素晴らしい方を亡くしたという思いがこみあげてきます。
SJ誌上では紹介しませんでしたが、その写真と手紙を公開したいと思います。
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